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2008年6月 9日 (月)

やり場のない思い

 秋葉原で起きた通り魔殺人事件。一報を聞いたとき、血の気が引きました。日曜日の芸能記者の取材の割り振りをしたのは、自分でした。事件に巻き込まれてはいないか。誰か記者を行かせていなかったか。一瞬、気が遠くなる中、記憶をたどりました。

 土日はアキバ系のイベントが無数にあります。たいがい若手の記者がいくつも掛け持ちで取材することが多いのですが、たまたま芸能班からこの時間帯に取材に行っていた者はいませんでした。

 残酷な偶然です。6月8日。7年前のこの日は、8人の幼い命が奪われた大阪教育大附属池田小で校内殺傷事件が起きた日です。

 先ごろ、この学校に手塚治虫さんの代表作「鉄腕アトム」の石像が、同窓生から贈られることが報じられたばかり。遺族にとって1年で最もつらい、思い出したくない日に、またしても無差別殺人は起きてしまったのです。

 7日に「ぐるりのこと。」(橋口亮輔監督)という映画が封切られました。

 のんびりした印象を与えるタイトルですが、ここには連続幼女殺人、オウム地下鉄サリン事件、音羽幼女殺害、そして池田小校内殺傷事件の話が出てきます。

 これらの事件の裁判を、傍聴席から被告人を見てきた法廷画家が主人公です。被告側だけでなく、被害者の遺族のやり場のない悲しみや怒りも映し出します。この時期に生まれるべくして生まれた作品ではないか、という印象を持ちます。

 悲しいことに、常識では理解できない事件は増える一方です。裁判員制度がもうすぐ始まります。長い歴史のある司法を身近に感じ、理解することで自分たちの国を見つめ直す、ひいては事件も減っていくのではないか、という目的です。

 しかし人が人を裁くこと自体、本来、無理な話です。そんなことに携わる可能性があるのです。

 つらく悲しい事件に接した時、直接関係ないからといって他人事と捕らえず、自分なりになぜ、どうして?と精一杯考えてみる。被害者や遺族の気持ちになってみる。それらを続けることが“心の準備”でもあり、自分自身を見つめ直すことにもつながるのではないか、と思っています。

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コメント

同感です。
いつか読んだ本に、日々の出来事に悩む相談者に、年長者がこんなことを言う場面があった。「けれどあなたの悲しみは家族を殺された人の悲しみにはとうてい及ばない」。
とても印象に残っている。
 多くの人が、自分の悩みは自分だけのもの、他の誰にもわかるまいと思っているような気がする。けれど、今回のような事件は、その絶大な悲しみを遺族のものだけにしてはいけないと思う。遺族の悲しみにははるか遠くとも、みんながそれぞれ想像力をせいいっぱい働かせて、その心に寄り添おうとすることの大切さをいつも思う。

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