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2008年8月 1日 (金)

「鳥の巣」という映画を見て

 「鳥の巣 北京のヘルツォーク&ド・ムーロン」(2日公開)というドキュメンタリー映画を見ました。文字通り、北京五輪のメーンスタジアムについてのお話で、これを設計した2人を中心にしたスイスの建築家集団に迫ったものです。

 一度見たら忘れないデザインの建物。あれと似た鳥の巣形のポテトフライをカゴ代わりに使った料理を連想してしまったのは私だけでしょうか。

 設計の生みの親はスイスの世界的な建築家の巨匠。ともに1950年生まれで名前はジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロン。今回、現実と異空間を演出するために三次元の世界にこだわった2人はドイツのミュンヘンスタジアムや日本ではプラダ青山店のデザインでも知られているそうです。

 国を上げての一大プロジェクトの拠点を手がけたのが自国の中国でなくスイスの人間だというのも今さらですが、興味をそそられるものがあります。

 巨匠だけに、中国ではさぞ三顧の礼で迎えられたのかと思いましたが、映像を見ていると違うことが分かってきます。
うまくプランが進行しかけたころに、決まったように中国は難題を突きつけてくるのです。このドキュメンタリー撮影も同様に難航しました。
日本の感覚で見ていると、頭の中が疑問符だらけになり、ストレスがたまります。

約9万人を収容する五輪のメーン会場です。存分に予算が使えるのかといえば、これも違います。
計画はどんどん進んでいるのに中国は約3割カットすることを、いきなり通達してきたりするのです。根比べの中で進行していきます。

 作業員も最初は怠ける者が多く、きっちり工期を守る感覚もまだまだ薄い。
頭を抱えるような問題が山積する中で、それをひとつづつクリアしながら、芸術家の思い描く表現物が、姿を現す過程には圧倒されます。

でも、どのようにして予算を削減したのでしょうか。
そのひとつは、当初ヨーロッパ製を使いたかったトイレを、やむなく中国製にしたというのです。
それと「鳥の巣」は中央が凹んだ形になっていますが、本当なら、赤い帽子のような形をした屋根(ルーフ)が付くはずでした。
完成してみると、赤のルーフ無しは逆に洗練だ、といわれています。

 鳥の巣の鉄鋼をいっそプラスチックにしたらどうか、という声まであったというのです。

作業の集中を妨げることが次々に襲ってくるわけですから、キレてもおかしくないように思いますが、2人は決してそうはなりません。見事なくらい淡々とこなしていきます。

 妥協しない中でのしなやかさ、柔軟な発想には驚かされます。
これまで歴史的な建築物を任されてきた自負がそうさせるのでしょう。

2人は目先のことにこだわることなく、何度もこう言います。
「国家の記念碑にするために造っているのではない」
「五輪が終わっても、半世紀後も人々が親しみを持って使ってくれるパブリックスペースであってほしい。エッフェル塔のような」

 「鉄の貴婦人」の別名を持つ「エッフェル塔」も、フランス革命勃発100周年という歴史的な記念建築物として1889年に完成しました。
偶然にも鳥の巣と同じく鉄がむき出しです。
しかし、当時まだ石造が主流の時代に「醜悪だ」とまで酷評を受けたものが、いまやパリにはなくてはならない風景の一部になっています。

鳥の巣を手がけた2人にとって、一番大事なのは、おそらく建物に悠久の生命力を吹き込むことなのでしょう。
未来を想像しなながら、自分たちの命が果てても愛され続けるるものを生み出す。
なんと果てしなく、奥の深い仕事なのだろう、と思うのでした。

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コメント

開会式、素晴らしかったですね。
不安だったイメージを払拭してくれました。
スゴイ、の一言です。
監督の・・・・創造力は果てしないのですね。
(長野の開会式の記憶はかなり寂しいものでした)

「鳥の巣」のこの記事を読んで
スイスの建築家の皆様の感動は
いかなるものだったのでしょうか
それとも、渡した時点で
もう、気持ちは次へ、なのでしょうか。


何はともあれ、世界の祭典
どこの場面にもドラマはあるでしょうね。
そして、あってはならない戦争も。

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