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2009年3月29日 (日)

藤間紫さんの「西太后」

紫さん訃報で思い出すのは舞台「西太后」の初演(95年)です。記者になってまだ数年目の若造でした。

あの時の新橋演舞場の張りつめた空気を忘れることができません。まさに観客が身を乗り出し、固唾をのんで見入るような。完成度の高い舞台だけに流れる、研ぎ澄まされた空間でした。

歴史で習った西太后と言えば、清朝末期の約半世紀もの間、中国を支配した女独裁者。家族も平気で犠牲にする残忍非道の人物という印象です。

舞台は悪女としてゆがめられてきた女傑の真実の姿に迫る、がテーマ。しかし本当の真実など、いまとなっては分かるわけもないのですが、この悪女に共感し、お客さんはどんどん引き込まれていったのです。それを証明するように、この作品は何度も再演されました。

息子が死の床で、うなされながら母親への恨みを語る場面が出てきます。紫版西太后は、親子であっても誤解され、気持ちを通わせることのできない母の苦悩も表現していました。権力者の強さと弱さ。

誤解を恐れず生きなければならない独裁者の孤独と人間味を両面から描き出し、新しい西太后像を浮かび上がらせようとしました。

夫の市川猿之助さんはこの作品で後に共演し演出も担当しますが、お客さんに非常にユニークな解釈をしたことがあります。「これは清朝のホームドラマ。ダメ息子やダメオヤジを抱えた女性の細腕繁盛記」こんな風に語っていたこともあったそうです。

初演時、紫さんはすでに70歳をこえておられたわけですが、その女傑ぶりは劇場の空間をまさに圧倒し、支配するものでした。

またこれも代表作ですが、舞台「父の詫び状」も印象深いものでした。ここでは名古屋章さんと共演。2003年6月に名古屋さんが亡くなった時、追悼コメントをお願いしたことがありました。この共演の印象があまりに強く、ダメ元で東京から公演先の京都・南座に電話すると、快く返事をいただきました。

「悲しくて、さみしくて、悔しい。体調が良くなられたと聞いていたのに。もう『父の詫び状』は出来ないのでしょうね。最後にお目にかかれなかったのが悔しい」

こんな内容でした。「悔しい」の文字が2度。85歳は一般には大往生なのかもしれません。日本舞踊については、私はよく分かりませんが、もうあの「西太后」を見ることは叶わない。演劇界にとっての損失は大きく、「悔しい」と思う人はずいぶんおられることでしょう。

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コメント

この頃は、わたくしも若造でした。
「西太后」を観られなく、残念でした。

コラムを読むにつれ、その内容に引き込まれました。
観たいという夢、もうそれは決して叶わないのでした。

藤間紫さま、安らかにお眠りください。

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