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2009年10月30日 (金)

映画「沈まぬ太陽」の若松節朗監督のこと

Photo_2  24日に公開された「沈まぬ太陽」は邦画史に残る作品でしょう。
山崎豊子さんの5巻に及ぶ長編小説が原作。映画には架空の団体であり、フィクションと記されていますが、御巣鷹山の飛行機墜落事故や出てくる労働組合の内容などは、再建まっただ中の航空会社とよく似ていることに、ほとんどの人が気づきます。

難産の末の完成で、製作に挫折した話を聞いていると、自分が映画担当の間に見ることはおそらく叶わないだろう、と正直なところ思っていました。
山崎さんの強い希望もあって、2部構成ではなく、10分のインターミッション(休憩)をはさみながら1本の映画に仕上がりました。
あっという間に引き込まれ、気が付けば休憩、後半も考えさせられながら見入ってしまう3時間22分です。長い上映時間を敬遠したり、こわがったりせず、若い人にぜひスクリーンで見て欲しいと思います。

公開直前に若松監督と話す機会がありました。山崎さんは封切りの半月ほど前、大阪で見ています。

上映が終了。緊張の瞬間です。最初の言葉は「ありがとう」。そしてこう続きます。
「私はこんなに涙の途切れることのない映画を見たことがありません」
見終わった後も山崎さんは泣いていたそうです。この二つの言葉が作品の完成度を物語ります。

自らこの作品のメガホンを執ることを志願したとはいえ、監督は「果たしてオーケーをいただけるのかどうか。非常にハードルの高い映画でした。待っている間はハラハラドキドキ。法廷に立たされた罪人のようでした。でもその言葉を聞いて角川(製作)と東宝(配給)の人たちのものすごい拍手が起きて。大変いい光景でしたよ」

監督は最初に山崎さんを訪ねた時、こう言われたそうです。
「この原作を映像化できるまで私は死ねません。(御巣鷹山の事故の)大阪の遺族を取材したとき、私は3年分の涙を流しました。そこを分かってくださいね」
上映後の涙を「(山崎)先生は執筆過程だけでなく出版後いろんなあつれきとも戦われたでしょう。僕の見たあの涙には、それらも含まれていたんだろうと思うんです」

山崎作品の映画化は約30年ぶりです。代表作的なものを挙げると、
◆1966年「白い巨塔」(田宮二郎主演、山本薩夫監督)
◆1974年「華麗なる一族」(佐分利 信主演、山本薩夫監督)
◆1976年「不毛地帯」(仲代達矢主演、山本薩夫監督)
この三作は同じ人がメガホン。若松監督は山本監督について「はい。気になりました。意識しました」と正直に明かします。

「ただ、ぼくは最近減ってしまった王道の映画をつくりたかった。やたらにカメラを動かさないで役者に接写する。アングルがどうのこうのじゃなくて、役者の芝居を見やすいアングルで撮る。山崎作品に関してはそれが一番いい、と思ったんです」

ご覧になった人はお気づきになったでしょうか。
若松監督は今回、これまでの山崎豊子映画になかった大胆なことに挑戦しました。
原作の時系列通りではなく、時間軸が前後する中で展開します。
頭が混乱しないよう長編映画に不可欠とされてきたナレーションを使わない方法を取ったことです。
見た多くが「10分間の休憩はいらない」と答えるほど作品に力があります。
「先生からは『ナレーション嫌いですか?』と聞かれました。でも役者の芝居で十分に伝わると思った。
役者に失礼だと思ったんです」

出演者との信頼関係では、こんな話もありました。
宇津井健は御巣鷹山の事故の遺族を演じています。
車での長旅より飛行機で帰省するように勧めたために、幼子もいた息子一家を失ってしまう。
自分の責任だと悔やみ続け、お遍路の旅に出るという設定です。
監督が「お遍路」と口にした瞬間、宇津井は「もちろんです。髪は刈らせてもらいます。どんなにバリカン入れてもらっても結構です」迷わず、即答で返ってきたといいます。

映画のドラマとともに、この作品には完成に至るまでのドラマも無数にあるのです。
次回では「沈まぬ太陽」の製作総指揮・角川歴彦氏(角川映画会長)の話を紹介したいと思います。

※写真は若松節朗監督。一見すると少しこわそうですが、受け答えが明快でまっすぐな性格という印象を受けました。主な作品に映画「ホワイトアウト」、ドラマ「振り返れば奴がいる」「やまとなでしこ」「救急病棟24時」など。現在、共同テレビ・エグゼクティブディレクター。1949年5月5日生まれ。

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コメント

ええ映画でした。なんて、安っぽくいいたくないけれど「ええ藍画でした」。恩地、行天ともに「高度経済成長ニッポン」を支えた人物像。特異な存在ではないところに自ら振り返る世代もいるでしょう。団塊世代の人間にとって、リアルタイムに近い人生なので、より感激いたしました。ブログ子さん「再建ままっただ・・」監督プロフィル内の印象的を受けた」。赤字、言い回しはいただけません。ハイ。

赤字指摘したのに、コメントで赤字出しました(;一_一)
「ええ藍画」もちろん「映画」です。これ、赤っ恥といいいます。

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