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2010年4月12日 (月)

井上ひさしさんのエッセイ

Uchino  井上さんは小説や戯曲が有名だが、エッセイを続けて読んだ時期があった。
名文家の文章はどれも読みやすくて分かりやすく、明快。
こんな風に自在に書けたら、どれほど幸せだろうと読む度に思ったものだ。

 どこに掲載されていたか定かでないが、本を読むスピードについて書かれていたものがあった。
読むも書くのもノロノロと遅い自分は、むさぼるように読んだ。
そこには最初の数ページは無理に早く進もうとせず、じっくり読み進めた方が、その後に加速がついてスラスラ読める、というような内容だったと記憶している。
それ以降、小説を読むときなどこれを忠実に守っている。

 エッセイにこそ、その人の素顔や考えの本質が出るのではないか。
悲報に触れ、無性にいくつか読み返したくなった。
「悪党と幽霊」(中央公論社)の中に「本とわたし」という一文がある。
早くに父親をなくした井上さんは母親に、なぜいないのかを聞き、困らせた。
母は本がぎっしり詰まったたくさんの本棚を指して言う。
「この本の山を父さんと思いなさい」。この瞬間「本とわたしの関係が決まった」とある。
この随筆が忘れられないのは、「死」ついても触れてあり、この書棚の前に立つたび「生命の連続性」を考える、と綴られていたからだ。

 地球がなくなるまで生命は続き、生きる者はその中継走者。知識も同様で、書物を読むことは過去を現在によみがえらせ、未来もはらんでいるのではないか、と問いかける。
井上さんは母の一言をきっかけに本棚から、こんなにも深いメッセージを感じ取っていた。
「言葉の巨人」の残した書物の数々。これからも心して読ませていただこうと思った。

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コメント

久しぶりのコメントで申し訳ない!

井上ひさし氏の訃報を聞き非常に驚いた。
それほど作品に詳しくないが、舞台でいうと
(語るほど観ていないって)
「人間合格」、太宰治の愛すべきしょうもないところを
描いたすばらしい舞台だった。

他にも、「化粧」を観たが、渡辺美佐子演じる
女役者の凄みが感じられたものだった。
これも恐いながらも感動した。

今度はエッセイにも挑戦してみます。


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