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2010年9月28日 (火)

政治家の粛々病と国境

 しゅくしゅく…。尖閣諸島の事件をめぐって、数え切れないくらい政治家から「粛々」という言葉を聞いた。一体、どう粛々なのか。具体的な内容を知りたい人が多いはずなのに、踏み込んだ疑問や釈放の背景もなかなか答えてくれない。国民のストレスは募る。いっそ、こんなにも安直に使われる政界での「粛々」を使用禁止にしては? 重みを失い、チープ化した言葉の代表格となった粛々くんもさぞ、怒って泣いているだろう。

 学校で政治家用語はあまり教えてくれないが、新聞には毎日のように出てくる。ポピュラーなのは「善処する」「慚愧(ざんき)に堪えません」。ざんき、と いう漢字を初めて見たときなど、妖怪を思わせる不気味さを覚えた。でも難しい言葉を使うと、その人に一瞬、自己満足の表情がのぞき、もっともらしく聞こえ てしまうからこわい。これらの言葉が伝える手段としてでなく、使うことが目的のようにも思えてくる。

 久しぶりに世界地図など広げてみる。無数に引かれた国境の線をみていると、「JSA」という韓国映画(2001年公開)を思い出した。韓流ブーム前に イ・ビョンホン、イ・ヨンエ、ソン・ガンホを韓国で取材した。JSAは韓国と北朝鮮を隔てる共同警備区域。俳優取材の翌日、実際にJSAを見学する機会が あった。

 万が一、何が起きるか分からないということで現地に着くと誓約書にサインさせられた。不審な行動は一切許されない。不用意に振り向かない、私語はしない ことなど箇条書きでいっぱい記されていた。日本で味わったことのない緊張感。恥ずかしながら国境の緊迫感を感じたのは、このときが生まれて初めてだった。

 それにしても世界地図の中の日本のなんと小さいこと。あまりの小ささに涙が出そうだ。こんなちっちゃな島国が先進国として踏ん張ってきた奇跡の歴史に今さらながら驚く。飢えることもなく、平和に生きてこれたことを素直に感謝しなければいけないと思う。

 島国であることをいいことにどこまで真剣に国境を考えたことがあっただろう。尖閣諸島問題は平和ボケしていた人々の目をいっぺんに覚ました。しかし、自 分に何が出来るだろう。部屋に眠る昔、愛用した思い出の携帯電話たち5台をリサイクルに持っていくことくらいか。微々たるレアアースに過ぎないけれど。

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