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2011年11月11日 (金)

断捨離もどき

 しばらくこのブログを怠り、何人かから「全然、更新されないけど。一体どうなってんの?」みたいな呆れ半分のお叱りの言葉を頂戴した。毎回、気ままなことばかり書いているが、ありがたい読者はいるのだ。記者にあるまじきだが、もともと書くことが苦手で好きでなく、人生誤ってこの仕事に就いてしまった、と思うことは数知れず。筆無精にとってブログ更新が滞る致命的な理由は、締め切りがないということだ。

 毎年のように書いているが、いまの時期が一番忙しい。仕事の合間に報知映画賞の準備で毎日2、3本ペースで映画を見ている。「あれ? 昨日見た映画は何だっけ?」と一瞬思い出せなくなるような軽い記憶喪失に陥ることも珍しくない。

 にもかかわらず、気分一新を兼ねて転居した。その際、断捨離を敢行した。といっても、だらだらノロノロペースで断捨離もどきに過ぎないが。例えば何年も着てない服を、バンバン捨てるという行為には相当の勇気がいるものだ。しかし、これらの優柔不断で決断力のなさが、日々の生活の中での自分の欠点でもある。

 それにしても、ドブネズミのような色ばかりのチープな服をながめながら、よくここまでグラデーションの服を極めたものだと我ながら、あっぱれだと感心すると同時に、情けなさとタメ息が入り交じる。一度も着たり、使わなかった物を最近はやりのリサイクルショップに持っていった。「服や靴は値が付きにくいんですよね~」とバッサリで、トランク一杯に詰めていったのに、小銭しか返ってこなかった。しかも後日、その店に行ったら「値が付きにくい」と言ってたはずが、かつての自分の品物たちが、小銭の何十倍の値段になって店にあって悲しかった。

しかし、一連の大掃除は、過去の自分と向き合うということだということに初めて気づいた。捨てる行為ひとつひとつ、どこかある部分で自己否定、自分を変えることにつながっている。買うときには狂喜乱舞しながら、興奮して手に入れたのに結局、一度も登板することなく、タンスの肥やしで終わってしまった服や物たち。月日が立っても捨てられないのは、自分の行為のバカさを受け入れたくない逃避なのだ。これが断捨離もどきから学んだことだった。

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